スタッフのらくがき帳

鉄雄のこと(第11回)  香田です!

鉄雄が入籍して1年を待たず、嫁の愛子ちゃんは瀬梨華ちゃんを出産しました。

娘が生まれたことを契機に、彼は会社に願い出、国内勤務になりました。

 

「この娘がちょっと大きくなるまで、世界を相手の商売はしばらく一服や。」

と本人は言ってましたが、余程瀬梨華ちゃんがかわいかったのでしょう。

 

当時ボクはそれまでの広告代理店から不動産会社へ転職し時間がたっぷりできたので、

しょっちゅう鉄雄の家へ出入りしていました。もちろん、他の4人も同じ。

 

ボクたちが頻繁におじゃまするものですから、愛子ちゃんもたまったもんではありません。

そこで行く度に一人2千円ずつ会費を置いていくことにしました。

 

でも2千円でさんざん飲み食いできる店なんて、当時なかったですから。

鉄雄の家は、ボクたちにとっても憩いの場でした。

 

ところが、ある日鉄雄が突然こんな通達を出してきたんです。

 

「えー、皆さんにお知らせがあります。本日から当家では室内全面禁煙とします。

 娘の体に悪いから、吸いたい人はベランダでどうぞ。それから当家では今後、

 ガラの悪い会話、わざと巻き舌を使っての品のない会話は一切禁止致します。

 なお、エロビデオ等、教育に害を及ぼす物品の持ち込みも一切禁止致します。

 娘の教育に悪い!ミノ君は特に注意するように、以上!」

 

「ガラの悪さを人の形にすればこうなる!」というような男がそう言うんです。

 

こんなこともありました。

宴会するというので行ってみるとまだ誰も来ていなくて、

鉄雄と瀬梨華ちゃんがクラシックバレエのビデオを見ていました。

 

「……ジゼル……か?ロシアっぽいな、この演出は……。」

 

「こーやん、おまえ何でそんなんわかるねん、すごいやっちゃなおまえ!」

 

「何言うてんねん、ワシは頭はアホやけど、芸術的な関心は人一倍強いんや。

(ホントはロマンティックバレエの代表作「ジゼル」が一番好きだっただけです)

 それより、何でおまえがよりによってバレエやねん?」

 

「いや、瀬梨華が男やったら空手習わすけど、女の子はやっぱりバレエや!

 ワシも一緒に習いに行こか思てな、予習よ、予習。」

 

今でこそ珍しくないけど、当時は稀でした。

コイツ、ほんまに行きよったんですわ、バレエのセンセに拝み倒して。

幼稚園児にまじって、タイツはいて踊ってたんですわ。

どこまでも超が付くほど親バカな男でした。

 

 

それからしばらく、こんなこともありました。

瀬梨華ちゃんが幼稚園の年小さんに入園する時の話です。

 

入園祝いを持っていったボクに、鉄雄はこう言いました。

 

「あさっての月曜やねん、入園式。こーやんも会社休めや。」

 

「ちょっと待てや、なんでワシまで会社休んで入園式いかなあかんねん。」

 

「冷たいやっちゃな、兄弟にも瀬梨華の晴れ姿見せたいだけやないか?」

 

「それもそうやな、どうせやったらみんなで行こか?」

 

ボクと鉄雄は手分けして、他の4人にも連絡を取りました。

 

 

当日集合したボクたちを見て、愛子ちゃんは少々不機嫌でした。

 

「あんなぁ、なんで瀬梨華の入園式にアンタのツレまでじゃらじゃら来なあかんねん。」

 

「ええがな、瀬梨華はみんなにとっても娘と同じや、祝うてくれる気持ちが大事や。」

 

鉄雄は愛子ちゃんを丸め込むと、オッサンが愛子ちゃんの叔父さん、ボクが義理の兄で

ミノが義理の弟、キョウジが愛子ちゃんの兄(ちょっと顔が似ていた)、サルゾーが

愛子ちゃんの実家の使用人という役回りを割り振りました。

 

鉄雄のお父さん、愛子ちゃんのご両親、それにボクたちを合わせた総勢10名の父兄集団で車3台に分乗し、瀬梨華ちゃんの入園式に乗り込むことになりました。

 

「改造車両連ねて入園式行くんか?なんか嫌やわ……。」

愛子ちゃんの機嫌がますます悪くなってきました。

 

 

入園式が始まりました。

可哀そうなのはサルゾーで、実家の使用人という役を与えられたため、園庭から中の様子を見守ることになりました。ピンク色のスーツがやけに目立ちます。

 

ボクはといえば、瀬梨華ちゃんが入場してきた姿を見ただけでもういけません。

「あんな小さかった子がここまで育ってくれて」と思うと、

人の子ながら感動して、式の間中ボロボロ泣いていました。

 

鉄雄とミノ、キョウジは張り切ってましたねぇ。

式の途中まで、ビデオや写真を撮りまくっていました。

 

なぜ途中までかというと、愛子ちゃんに式の最中、つまみ出されたからです。

 

「そこのご父兄の方、前に来られますと、園児が集中力をなくしますので、

 後ろのご父兄席までお戻りください。」

 

最初、園長先生の注意はやんわりしたものだったのですが、いずれにせよ言うことを聞くような

ヤカラではありません。前に前に出てきます。

 

鉄雄はさらに調子に乗って、瀬梨華ちゃんを笑わそうとして変な顔をしています。

ボクの横で愛子ちゃんが舌打ちしました。

ヤバいと思ったのですが、そこへミノまで参加してきたものですから……。

 

「パパもミノちゃんも、アホみたいな顔してるぅ!」

 

瀬梨華ちゃんがそう言ってケラケラ笑いだしたものですから、

他の園児たちも騒ぎ出しました。

 

子供たちの集中力は完全に途切れ、もう入園式どころではありません。

 

園長先生のお話が、ついに中断してしまった時です。

 

ボクの隣に座っていた愛子ちゃんがスッと立ち上がり、3人を園庭につまみ出したのです。

オッサンは後ろから固定で撮影してましたので、事なきを得ました。

 

サルゾーを加えた4人で、ジャングルジムの前でヤンキー座りしながら

タバコを吸っている姿を、まるで昨日のことのように覚えています。

 

この日鉄雄の家へ帰ってから、愛子ちゃんの怒りはすさまじかった。

 

「アンタらみたいなガラの悪そうな連中が前でウロウロしてたら、

他の父兄がどない思うかくらいわからんか?ええ大人が。」

 

ボクはおとなしく座っていたので他人事のようにへらへらしていました。

 

「こーやん、アンタもや。何やのん、その白いスーツは?ギャングか、アンタは!

 アンタら全員や、フツーの人が着るようなフツーのスーツは持ってないんか!」

 

 …いいえ、今日は気合いを入れようということで、昨日みんなで買いに行ったんです。

  今冷静に考えたら、ボクら全員吉本のチンピラ役のような格好してます…

  ボクは決して口には出さず、心の中でつぶやきました。

 

「紫(鉄雄)、白(ボク)、ブルー(オッサン)、ピンク(サルゾー)、黄色(キョウジ)

ほんでミノちゃんがオレンジか?ヤクザの初出と勘違いしてるんちゃうか!」

 

 …そう言う愛子さん、あなたの今日のお衣装も気合いが入り過ぎじゃないですか?

  黒のロングチャイナ……。

クラブのイベントじゃないんだから、入園式にはあまり適切ではないような………

  ボクはさらに固く口を閉ざしたまま、心の中でつぶやきました。

 

愛子ちゃんの説教は結局1時間近く、鉄雄の食べこぼし癖や、ミノが玄関のチャイムを何

回も鳴らすことにまで及びました。

 

説教が終わると大宴会。

 

「こーやん、こーやんもパパやミノちゃんみたいに『アホみたいな顔』してぇ!」

 

瀬梨華ちゃんのリクエストに応えて、宴会中ずっとボクは「変な顔」を続けました。

 

ここから約1年後、あの運命の日さえ来なければ、

この日のことも単なる「楽しい思い出のひとつ」に過ぎなかったはずで、

「貴重な思い出」とはならなかったのです。

 

実際それから1年は、本当に平穏な時間が流れました。

時折みんなでバーベキューに行ったり、夏にはキャンプもしました。

 

でも運命は確実に、「あの日」へ向けて時計の針を静かに回し始めました……。

 

 

今年の413日、鉄雄の命日に愛子ちゃんや瀬梨華ちゃん、キョウジの4人で

墓参りへ出向いた時、いまではすっかり大人になった瀬梨華ちゃんが帰り際、

ボクに言いました。

 

「あのねこーやん、私いつまでも「こーやん」って呼んでごめんなさい。

 でも私、パパが元気で、一番楽しかった頃で時計を止めてるの。

 だからこーやんはこーやんやし、サルちゃん、ミノちゃん、オッサン、キョウジクン、

 みんなあの頃のままで呼びたいの。ホントにごめんなさい。」

 

「……ええよ、おっちゃんはいつまでもこーやんで……。」

 

「ありがとう、こーやん。私、もう大人やのにね。」

 

「でもな、時計の針は止めたらあかん。パパが悲しむ。

 パパのことは忘れたらあかんで、おっちゃんらも絶対にパパのことは忘れへん。

 でもパパはきっと、瀬梨華ちゃんに今を楽しんで生きてほしいと思てるはずや。」

 

 

 (……鉄雄、見とるか?

   おまえが愛した娘が、こんなに大きくなってもこれほどおまえを慕うとる。

   おまえいつも瀬梨華ちゃんの後ろにへばりついて、

   もっともっと幸せになるように守ったらなあかんぞ……。        )

 

ボクはそう念じると、もう一度鉄雄の墓の方を向きました。

 

ちょうどその時風が吹いたので、ボクはこう思ったのです。

 

 (………あいつ今、ワシにピースサインしよったな………。)

  

次回予告……第12回 最終話

2011年06月23日 | カテゴリー:スタッフのらくがき帳

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